塩屋マチアルキも今回で2回目。
1回目は今年6月に、主にJR・山陽の塩屋駅北側を散策したが、
今回12月6日(土)は10時にJR塩屋駅南側に集合。
国道2号線沿いを歩き、途中高架をくぐって、井植記念館に向かう道を、
ライオン像まで行かずに東へ折れ、塩屋駅の北側まで歩いた。
マチアルキの案内は、塩屋在住歴70年の北川保幸さん。
駅の南側に集合
お顔を拝見したことがあると思っていたら、
10年ほど前、たるみPR版で「塩屋音頭保存会」を取材させていただいた時に、
副会長さんとしてお会いしていたのを思い出す。
集合の時に、手書きの地図を参加者にかざし、
手書きの地図で
駅前のマンション(元塩屋うお仙)の場所に、アンタキ邸があったこと、
その西には発電所があったことなど、初めから驚く話で始まった。
国道2号線を西に進みながら、その発電所の跡地に最近までジョネス邸があったこと、
山側の交番横のトンネルは、若宮神社の参道で海から続いていたこと、
そこには踏切があって、多くの犠牲者が出たことから慰霊碑があること、
また、海岸沿いのエビラ邸の在りし日の姿、
エビラ邸など、建っていた邸宅の説明
200坪くらいずつ区切られていたそうで、その境界の塀がところどころ残る
海岸には外国人専用の飛び込み台があり、海水浴でにぎわっていた風景、
この辺りに飛び込み台があったそう
石原裕次郎と浅丘ルリ子が映画撮影をした坂道、
また佐川満男が塩屋谷川に架かる橋のそばで歌をよく歌っていたこと。
昔の踏み切りのあと
昼前に塩屋駅にて解散となったが、
ほとんどの参加者は、「しおやと」に移動、
お茶を飲みながら、さらに塩屋の話で盛り上がった。 (堀)
クリックお願いします
にほんブログ村
コメント